古屋圭司通信

 国会最終日を前に、「独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案」が可決成立しました。
 昭和20年、わが国がポツダム宣言を受諾し無条件降伏した以降に、国際法に反して当時のソ連がシベリアに60万人にも及ぶ日本人を強制抑留し、酷寒の地で強制労働を強いた結果6万人以上が亡くなったとされています。旧ソ連(現ロシア)は、わが国の強い要求にもかかわらず、賠償などに応じる姿勢はみせません。
 わが国政府は、遺骨収集や帰国された方々に銀杯を提供して参りましたが、既に抑留者は80歳を越えており、我が政府として法的に慰藉の気持ちを表すための時間が差し迫っていたのです。抑留者への支援のために400億円の基金を積み立てて、平和祈念事業特別基金のもとで運営してまいりましたが、その運営方法は他の公益法人の例にたがわず、多くの無駄遣いが散見されていました。例えば、事務所の家賃は年間で1億円以上であることや、高給な天下りの存在などです。
 そこで私は、「戦後強制抑留者の処遇改善に関する議員連盟」の幹事長としてこの財団を解散し、基金の半分を国庫に返納し残り半分をシベリアに抑留されていた方々に慰藉の念を表するべく、旅行券などで分配する法案を昨年の春に議員立法として提案しました。その後、昨年の解散総選挙や議員連盟の役員が無所属になったことなどがあり、国会での審議をすることができずに本日まで至りました。そして、このたび議員立法として成立をすることができました。基金を活用し、千鳥ヶ淵公園の一部に慰霊碑を建立することも決定をしました。
 酷寒の地で、いつしか郷土に戻ることを夢見て重労働に耐えてきた方々の気持ちを思えば、必ずしも十分なものではないことは重々承知しておりますが、やむを得ない結論でありました。そして、抑留関係者も納得をされて、この法案に賛意を示していただきました。
 改めまして、シベリア抑留という国際法に違反した行為が行なわれていた事実を、我々の世代がしっかりと心に刻み、歴史に風化させることなく、後世に語り継いで行くことが大切です。同時に酷寒の地でなくなられた多くの御霊に心からご冥福をお祈りいたします。

コメントは停止中です。

ページトップへ