新型コロナウイルスにより、岡本行夫氏が死去されたニュースに接する。
岡本さんは、外務省北米一課長を経て退官し、外交評論家や総理補佐官として活躍。
私が初当選間もない1991年、かつて岡本さんを囲んで同期議員の外交勉強会を定期的に開いていたが、その際に「皆さん、硫黄島を視察しなさい。太平洋戦争で唯一米国の死傷者が日本のそれを上回った戦地だから。」とのアドバイスを受けて、岡本さんと共に硫黄島を視察。
戦時中の「栗林壕」がまだそのままの状態で残る中、50度を超える内部には戦時中の飯盒も残されていたシーンを目の当たりに。米軍の艦砲射撃に一日水筒一本の水でひたすら耐えた日本軍と当時の日本に想いを巡らせたことを思い出す。
また、カンボジア復興支援で殺害された中田厚仁さん事件を契機に、岡本さんと共に若手議員で政府による保障制度を創設したことも思い出す。
最近では、JICAの顧問を務めておられたこともあり、私が議員連盟会長を務める太平洋島嶼国支援で政府予算が厳しい状況の中、ご相談に来訪され、議員連盟役員で財務大臣や主計局長に要望し予算確保できたことも記憶に新しい。
岡本さんは常に国益を考えて外交官時代からも今も発信されていました。
改めてご冥福をお祈りします。
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